金戒光明寺

金戒光明寺

金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)は左京区、岡崎通を北に突き当たったところを東に100メートルほど入ったところに門を構える浄土宗の寺院です。

浄土宗京都四ヵ本山の一つに数えられます。

1175年、浄土宗の開祖、法然上人によって創建されました。

当初の寺号は光明寺と言いましたが、後に御光厳天皇(ごこうごんてんのう・北朝4代天皇)より「金戒」の2文字を賜り、金戒光明寺と称することになります。

以降、応仁の乱等により、幾度か堂宇を焼失しますが、その都度、再興。

今も全国から多くの熱心な信者が参拝に訪れています。

なお、当寺の通称、黒谷さん(くろたにさん)というのは、お寺のある場所の地名に因むものですが、黒谷というのは、もともとは比叡山にある法然上人が修行をした場所の地名だそうです。

この地に移ってからもなお、法然上人が自分が修行をした黒谷の地を大事に思われていたことの証かもしれませんね。

金戒光明寺のアルバム

高麗門。

後ほど紹介しますが山門は別にあります。

これもまた非常に立派な門です。

「京都守護職本陣舊蹟(きょうとしゅごしょくほんじんきゅうせき)」と書かれた看板が見えます。

金戒光明寺は幕末の動乱期に京都守護職を務めた会津藩主、松平容保(まつだいらかたもり)以下、会津藩士たちがその本陣として駐留した場所なのです。

高麗門

圓光大師霊場(えんこうだいしれいじょう)の石碑。

圓光大師とは開山の法然上人のことです。

圓光大師霊場の石碑

「くろ谷」と書かれた石碑。

浄土宗のお寺の古い石碑等では、ちょくちょく、難しい漢字を避けて、ひらがながで書かれたものを見かけます。

さすがは庶民のための宗派ですよね。

くろ谷の石碑

「右清和天皇火葬塚」「左後一条天皇陵、陽成天皇陵」と書かれています。

ということは清和天皇火葬塚は境内にあるのですね。

後ほど探してみたいと思います。

清和天皇火葬塚の道標

会津藩殉難者墓所(あいづはんじゅんなんしゃぼしょ)の石碑。

墓所がこちらにあるようです。

こちらにもお参りさせて頂きたいと思います。

山門に至る長い参道。

立派な石垣もあり、まるでお城にでも来たみたいです。

参拝者用の駐車場も随分、たくさん確保されています。

参道

山門が現れました。

なんという大きさ。

山門

山門のアップ。

そばで見れば見るほど、その大きさに圧倒されます。

こちらは1860年の建立です。

着工したのが1828年ということですから、完成までに32年もかかっていることになります。

特別拝観時には内部を見ることができるそうなので、次回はタイミングを合わせて拝観したいと思います。

山門のアップ

後小松天皇(ごこまつてんのう・百代天皇)の勅額です。

「浄土真宗最初門」と書かれています。

浄土宗の真義を伝える最初の門という意味ですね。

後小松天皇の勅額

山門をくぐると、さらに高台へと上がる石段が続きます。

参道2

勢至丸(せいしまる)の像。

勢至丸というのは法然上人の幼名ですね。

勢至菩薩(せいしぼさつ)に因んで名づけられたそうです。

勢至丸の像

御影堂(みえいどう)。

こちらのお寺では大殿とも呼ばれています。

境内で一番、大きな建物です。

こちらは1944年の再建。

法然上人の肖像画がお祀りされています。

御影堂

御影堂のアップ。

柱には洛陽三十三所観音第六番霊場と法然上人第二十四番霊場の文字が。

※法然上人霊場は二十五番まで。

ちなみに二十五番は浄土宗総本山の知恩院。

御影堂のアップ

阿弥陀堂。

1605年、豊臣秀頼の寄進によって再建された、境内で最も古い建物です。

恵心僧都源信(えしんそうずげんしん)の遺作である阿弥陀如来像、「のみおさめの如来(源信が仏像を彫る際に用いたのみをこの仏像の中に収めたと言われる)」がお祀りされています。

阿弥陀堂

納骨堂。

もともとは経蔵であった建物です。

納骨されたお骨で作った阿弥陀如来の骨仏をご本尊としています。

こちらは1689年の建立です。

納骨堂

鐘楼。

左手の方に京都の街並みが見えていますね。

境内がかなり高いところにあることが、おわかり頂けると思います。

鐘楼の後ろに見えている修復中の屋根は位置的に当寺院の塔頭、瑞泉院のお堂の屋根と思われます。

鐘楼

手水所。

茶屋のような建物の北側にあります。

手水所

水子地蔵。

水子地蔵

大方丈。

僧侶たちが普段、生活する建物です。

唐破風屋根の非常に立派な門があります。

1936年の再建です。

鎧掛けの松。

熊谷直実(くまがいなおざね)が法然上人に帰依して出家する際に、その鎧をかけたという伝説があります。

熊谷直実

平氏、源氏双方に仕えたことのある勇猛な武士であったが、息子と同じような年齢の平敦盛(たいらのあつもり)の命を奪ったことにより、世の無常を感じ、仏道に入るべく出家、蓮生(れんしょう)と名乗った。

後に紅葉の名所として名高い西山浄土宗(せいざんじょうどしゅう)の総本山、光明寺の前身となる念仏三昧院(ねんぶつざんまいいん)を開くこととなる。

鎧掛けの松

新清和殿(右)と清和殿(左)。

大方丈の向かって右手にあります。

新清和殿と清和殿

寺務所。

清和殿の奥にあります。

寺務所

蓮池。

兜之池(かぶとのいけ)とも言うそうです。

こちらも熊谷直実ゆかりの池ですね。

案内板によると直実が兜を置いて、弓の弦を切り、その弓を池にかけた形が池になった(?)んだとか。

どういうことなのか、よくわからん。(笑)

蓮池

蓮池にかかる極楽橋。

1641年、豊永堅斎が、江戸幕府二代将軍、徳川秀忠の菩提を弔うべく三重の塔を建立するに際に石橋に作り変えたそうです。

極楽橋

蓮池院(れんちいん)。

出家した熊谷直実が庵を結んだ跡に立つ塔頭寺院。

寺額には「熊谷堂」と書かれています。

蓮池院

それでは墓地へと進みます。

五劫思惟阿弥陀仏(ごこうしゆいあみだぶつ)。

墓地の入口付近、階段の左側にあります。

アフロ地蔵や、アフロ大仏などと呼ばれていますが、お地蔵さんじゃありませんし、大仏というほど、大きくもありません。

しかしながら見た目のインパクトは半端じゃないです。

五劫というのは、とんでもなく長い時間のこと。

(説明を聞くと宇宙が誕生する、ずっと前からやん!という長さ)

このギョッとするほど膨張した螺髪(らほつ・丸まった髪の毛のこと)は、それだけ長い時間、衆生を救う方法を、ああでもない、こうでもないと考えていらっしゃることを表しているんだとか。

そう、五劫思惟阿弥陀仏は、とんでもなく有難い仏様なのです。

徳川二代将軍、秀忠の正室、崇源院(すうげんいん・江(ごう)の墓)。

墓地の階段の途中、左手にあります。

崇源院の墓

三重の塔。

かつて文殊菩薩が安置されていたため、文殊塔とも呼ばれています。

1633年、豊永堅斎が、かつて仕えた江戸幕府二代将軍、徳川秀忠の菩提を弔うために建立したものです。

こちらは重要文化財に指定されています。

三重の塔

三重の塔の前からの景色。

市街地を一望できます。

墓地は西を向いていますので、はるか向こうに見えるのは嵐山方面の山々ということになります。

三重の塔の前からの景色

清和天皇火葬塚。

三重の塔の右手にある通路を進むと、小高くなっている丘のような場所にあります。

こちらは宮内庁の管轄です。

清和天皇火葬塚

会津墓地の道標。

会津墓地の場所は少々、わかりにくいのですが、各所に道標が設置されており、それに従えば、問題なくつけるはずです。

会津墓地の道標

会津墓地。

幕末期、混乱を極めた京の都の治安を守るため、尊い命を犠牲にした英霊達が弔われている墓地です。

せっかく、金戒光明寺に参るのなら、是非、会津墓地にて手を合わせて頂きたいと思います。

会津墓地

おまけ。

丸太町通方面から金戒光明寺に参拝する場合、岡崎神社と岡崎別院の間の道を抜けるとすぐに南門に着きます。

南門への石段

南門。

ちょっと高麗門から比べると雰囲気が劣るので、雰囲気を大事にしたい方は境内を一旦、西に突っ切って、あらためて高麗門から入り直して下さい。

南門

金戒光明寺の基本情報

金戒光明寺の基本情報は以下の通りです。

金戒光明寺
山号紫雲山(しうんざん)
宗派浄土宗
創建1175年
開基・開山法然(ほうねん)
所在地京都府京都市左京区黒谷町121
アクセス京都駅より市バス100系統乗車、岡崎道下車。
乗車時間29分、徒歩3分。
拝観時間自由拝観(特別拝観は9時~16時)
拝観料金無料。ただし、御影堂、山門、庭園の特別拝観開催時は有料。
大人で御影堂、庭園は600円、山門は800円、共通券は1200円。(変更の可能性あり)
ご本尊阿弥陀如来
寺宝重要文化財;三重塔、木造千手観音立像、山越阿弥陀図・地獄極楽図

金戒光明寺の所在地図

赤色のマークが金戒光明寺の所在地となります。

同時に参りたい金戒光明寺近くのお寺と神社

・熊野神社(くまのじんじゃ・京都熊野神社)

・聖護院(しょうごいん)

・真如堂(しんにょどう・真正極楽寺(しんしょうごくらくじ))

・岡崎神社(おかざきじんじゃ)

・岡崎別院(おかざきべついん)

・永観堂(えいかんどう・禅林寺(ぜんりんじ))

・熊野若王子神社(くまのにゃくおうじじんじゃ)

・南禅寺(なんぜんじ)

・安楽寺(あんらくじ)

・法然院(ほうねんいん)

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