方広寺

方広寺

方広寺(ほうこうじ)は東山区、正面通の東の突き当り、豊国神社の北側にある天台宗のお寺です。

1595年、豊臣秀吉が古渓宗陳(こけいそうちん)を開山として建立しました。

創建時には奈良の大仏より、巨大な大仏(高さ約19メートル)が造立されましたが、創建翌年の慶長大地震で倒壊。

その後、秀吉の息子、秀頼などによって再建されますが、再建されては倒壊もしくは焼失ということを繰り返し、最後に再建された大仏(当初の10分の1ほどの半身像だったらしいので、大仏とは言えないかも)も1973年に焼失してしまいます。

なお、今も境内に残る巨大な梵鐘は、徳川が豊臣家を滅亡させるために仕掛けた大阪の陣の口実に使われたものとして、あまりに有名です。

方広寺のアルバム

方広寺の入口付近に残る大仏殿の石垣。

巨大な石がいくつも積み上げられています。

方広寺の大仏殿石垣

方広寺と言えば梵鐘ですから、まずはその梵鐘をおさめる鐘楼からご紹介します。

ちょっとギョッとするほど巨大な鐘楼です。

本当にお堂のような大きさ。

巨大な梵鐘をおさめる鐘楼ですから、必然的にこういう大きさになってしまったのでしょう。

左手に見える手水所も決して小さくはないのですが、鐘楼と比べると貧相に見えてしまいます。

方広寺の鐘楼

鐘楼の内部です。

めちゃくちゃに巨大な梵鐘。

日本三大梵鐘の一つで高さ4.2メートル、外径2.8メートルで重さは82トンもあるそうです。

同じく日本三大梵鐘の知恩院の梵鐘が高さ3.3メートル、重さ70トン、東大寺の梵鐘が重さ26トンほどということですから、いかに巨大であるかがわかりますよね。

さらに注目して頂きたいのが、鐘楼の天井部分です。

天女などが色彩豊かに描かれています。

なお、鐘楼は1880年の再建です。

方広寺の鐘楼の内部

梵鐘のアップ。

家康が激怒したという「君臣豊楽」と「国家安康」の文字が。

家康は「君臣豊楽」は豊臣家を讃えるもので「国家安康」は家康を引き裂く意図のあるものだと断じたそうです。

ものすごい言いがかりw

方広寺の梵鐘のアップ

手水所。

結構、老朽化している印象です。

ちょっと、補修しないと危ないかも。

方広寺の手水所

本堂。

ご本尊は盧舎那仏です。

従来、拝観が可能だったのですが、私が参拝した時には無期限で拝観を停止しているとのことでした。

たぶん、ご本尊の写真でも撮った人がいたのでしょう。

再開が待たれます。

こちらは1878年の再建。

方広寺の本堂

大黒天堂。

本堂の向かって右手にあって、つながっているようです。

お祀りされているのは大黒尊天。

金運、財運アップのご利益があります。

太閤さん、ゆかりの寺の大黒天さんなんて、めちゃくちゃパワーがありそうですよね。

私もしっかり手を合わせてきました。

方広寺の大黒天堂

境内東側の月極駐車場から望む方広寺。

失礼な話ですが、なんとなく、さびれている感じは否めません。

この寺の400年以上もの歴史の中で、きらびやかった時代はほんの数十年しかなかったわけで、それもなんだか切ない。

それにしても広い駐車場ですよね。

満車なら100台以上はとめられるかも。

さぞかし、寺の財政運営に貢献していることと思いますww

駐車場から望む方広寺

方広寺の基本情報

方広寺の基本情報は以下の通りです。

方広寺
山号なし
宗派天台宗
創建1595年
開基・開山豊臣秀吉、古渓宗陳(こけいそうちん)
所在地京都府京都市東山区大和大路通七条上ル茶屋町527-2
電話番号075-561-7676
アクセス①京都駅より市バス100、206甲、208乙、急行106、急行110系統乗車、博物館三十三間堂前下車。
乗車時間7分、徒歩6分。
②京阪七条駅9分。
拝観時間本堂及び鐘楼の拝観は9時~16時
拝観料金本堂200円、鐘楼100円
ご本尊盧舎那仏
寺宝重要文化財;梵鐘
行事12月31日;除夜の鐘
重要文化財である梵鐘を参拝者がつくことができる。

方広寺の所在地図

赤色のマークが方広寺の所在地となります。

同時に参りたい方広寺近くのお寺と神社

・豊国神社(とよくにじんじゃ)

・烏寺(からすでら・専定寺(せんじょうじ))

・三十三間堂(さんじゅうさんげんどう・蓮華王院(れんげおういん))

・養源院(ようげんいん)

・法住寺(ほうじゅうじ)

・新日吉神宮(いまひえじんぐう)

・智積院(ちしゃくいん)

・若宮八幡宮社(わかみやはちまんぐうしゃ)

・大谷本廟(おおたにほんびょう・西大谷(にしおおたに))

・六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)

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