西方寺(苔寺)の概要
もともとは天龍寺の境外塔頭で、奈良時代に行基によって創建された寺院。
室町時代に作庭の名手、夢窓疎石が招かれたタイミングと同時期に臨済宗に改宗されました。
応仁の乱や安土桃山時代に荒廃し、江戸時代に洪水の被害も受けて、本格的に再興されたのは明治11年(1878年)のことでした。
現在は東山文化への影響が評価され「古都京都の文化財」として世界文化遺産に登録されています。
35,000㎡にも及ぶ広大な敷地一面に苔むした庭園が見事で、「苔寺」の別称でも親しまれています。
文化財保護のために拝観はすべて往復はがきかWebからの事前申し込み制となっており、写経や読経付きのコースに全員参加することになっています。
初夏は苔以外に、本堂前の蓮池を楽しめます。
西芳寺の見どころ
本堂
昭和44年(1969年)、京都大学名誉教授村田治郎氏の設計により再建され、本堂は阿弥陀如来が安置されています。
参拝では、まず本堂の参拝をしてから庭園に移動します。
庭園
国指定史跡および特別名勝で、室町時代に夢窓疎石が作庭しました。
上段には枯山水庭園が残っており、現存する最古の枯山水の石組みです。
下段には池泉回遊式庭園が残っており、こちらが苔寺の庭園として一般的に知られています。
黄金池を中心に構成されており、地表や石組み、橋に至るまで一面に苔がむしています。
120種以上の苔が織りなす光景は、繊細で美しく心が安らぐ空間で、新緑と苔の美しさは京都随一です。
庭園が現在のように苔に覆われたのは江戸時代末期で、川の流れる谷間近くにある環境が関係していると言われています。
湘南亭
安土桃山時代に、千利休の次男である千少庵によって再建されたと伝わる茶室で重要文化財。
北に張り出したバルコニーのような月見台が特徴的で、明治維新の際には、岩倉具視がここに潜伏していたと伝えられています。